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「ずっと読みたい0才から100才のコピー」のこと
2019年03月01日

こんにちは、コピーライターの石井です。

一瞬にしてその役割を終えてしまうコピーに注目し、光をあててくれた編集者がいます。「人が生まれてから死ぬまで、忘れてはいけない大切なことを広告コピーは教えてくれる」と、一冊の本にまとめてくれました。それが本日発売の「ずっと読みたい0才から100才のコピー」(ライツ社)です。

全国で活躍中のコピーライターの書いたすばらしいコピーとともに、光栄なことに私の書いたコピーも何本か掲載されました。ある会社のリクルート広告のために書いたコピーなのですが、20代のページに加えて40才と77才のページにも掲載されました。77才のページに掲載されたコピーは「やらされる仕事はつらい、やりたい仕事はつづく。」

なぜ、このコピーが77才に掲載されたのかというと。ページ下の解説です。「アメリカ人宇宙飛行士のジョン・グレンは、77才のころに高齢者の体への影響を調べる目的で二度目の宇宙旅行へと旅立っています(史上最高年齢)。70歳を過ぎて再び「飛行士」に身を捧げたのは、それが運命の仕事だと感じていたからに違いありません」(抜粋)
私もコピーライターを77歳まで続けられたら幸せだろうと思いました(笑)。

Writing:Ishii
新聞広告が好きです。
2019年02月08日

 みなさん、こんにちは。コピーライターの石井です。

 最近、新聞を読まない人が増えているそうですが。みなさんは新聞、どこから読みますか?ぼくは、テレビ面から始まって、最後に一面を読みます。読むと言うより見るという感じに近いです。しかも、目線は下から上へです。

 このような見方は広告関係の人に多いと思うのですが。かつて面白い広告はテレビ面や社会面、つまり後ろのほうに多く掲載されていました。朝、朝刊をめくって面白い広告をチェックする。そんな長い間の習慣が今も直らず、新聞逆読みが続いています。

 最近、記憶に残っている新聞広告は、樹木希林さんの死後まもなく掲載された希林さん最後のメッセージ。タイミングもありましたが、「あとは、自分で考えてよ。」(宝島社、30段)には、ジーンときました。もちろん、生前に掲載された同じく宝島社の「死ぬときぐらい好きにさせてよ」との対比もあって、鮮明に覚えています。

 少し前になりますがSMAP解散後、3人の「新しい地図」(30段)にはやられました。あれが朝刊から飛び出した日の衝撃は、今でもはっきり覚えています。最初はわからなくて、「新しい地図」ってどういうこと、NEWSMAPって新しいSMAPって読めるな、とか。だれがつくったんだろうと気になったり、今思えばとにかく滞空時間の長い広告でした。さらに、同じコピーで動画、WEBサイトも展開されていました。

 そして、自分史上最もやられた感の強い新聞広告は、かなり昔になりますが、としまえんの15段「史上最低の遊園地」。4月1日にあれをもってくるとは、しばらく手が止まって、すみからすみまで見入ってしまいました。新聞広告の名作はあげればきりがないので、この辺にしておきます。

 そして、今でもぼくは新聞広告は好きです。コピーライターとして仕事を始めたころは、新聞広告がメインでしたから、新聞広告に育てられたと言ってもいいです。キャッチフレーズとボディコピーが整然とレイアウトされた新聞広告は、見るのも読むのも、もちろんつくるのも好きです。

 さて、ここで我が社のひみつの時間をひとつ紹介します。紹介したらひみつでも何でもありませんが。それは、全国紙と地方紙、あわせて3紙の新聞広告の切り抜きをテーブルに並べて、みんなで好きなことを言い合う合評会のようなもの。ぼくにとっては月に一度の贅沢でもあり、楽しい時間です。スタッフのみんなはどうなのかな。

 クリエーティブ関係の雑誌を見たり、ネットを検索すれば、最新の広告はいくらでも見られます。なのに、なぜ、いまだに現物の切り抜きにこだわっているかというと。新聞の原寸の大きさとか、紙の手ざわりとか、印刷の色とか、現物じゃないとわからないことがたくさんあるからです。そして、企画とかデザインを考える時に、それがすごく大事だと思うからです。

 新聞広告は企画の基本です。だれの本だったか忘れましたが、オール媒体の大きなキャンペーンでも新聞広告、グラフィックの表現をしっかりつくると、クリエーティブがブレないみたいなことを何かで読みました。

 新聞15段とか30段の大迫力は、ネットではわかりません。手のひらで完結する世界ばかり見てたら、小さな人間になるよなんて、偉そうなことを言うつもりはありません。ただただ、新聞広告は残ってほしいだけです。

Writing:Ishii
コピーライターの筆記具。
2018年05月17日

 こんにちは、石井です。今日はぼくが駆け出しのコピーライターだった頃の話。(年をとると昔話や自慢話が増える、と若い人に言われますが)お許しください。

 当時は広告制作のすべてがアナログで、今と比べるとのんびりしていたかもしれません。実際にはその時代その時代で必死だったとは思いますが。

 まず、コピーはすべて手書き。筆記具はあの青いステッドラーの2B鉛筆。毎朝、10本くらいを鉛筆削り機で削ると、右手の小指の下を真っ黒にして書いた。広告会社支給の原稿用紙は、横にも縦にも使える25マス×16マスの400字詰め。読み間違いのないよう、角ゴシックのような独特の書体で、1マス1マスていねいに埋めていった。

 キャッチフレーズは、原稿用紙に一本ほぼ25字以内で一案ごとに改行して書いた。ボディコピーは不要になったコピー用紙の裏に下書き、誰も読めないような字で、できるだけ小さな文字で書いた。それを推敲してから、原稿用紙に清書した。清書が仕事の半分くらいを占めていた。

 提出が決まったキャッチフレーズ案は、原稿用紙にサインペンで大きく清書した。鉛筆で清書したボディコピーは、デザイナーが手描きしたラフスケッチといっしょにプレゼンした。キャッチフレーズのタイポグラフィもデザイナーの手書きだった。修正があれば、再び手を真っ黒にして全文を清書して提出した。原稿用紙を何枚も清書するには、結構体力がいった。

 やがて、ワープロが登場すると、清書から解放された。当初、ワープロは笑えるほど大きく、まるでミシンのようだった。まもなく、ワープロもパソコンに変わった。パソコンになってコピーライターの仕事がどう変わったのか改めて考えてみる。確かに便利にはなったんだけど、手書きとは何かがちがう。

 小説家には手書き派とパソコン派がいるらしい。小説家が手書きにこだわるのは、なんとなくわかる。手書きのほうが小説の世界に没頭できるし、集中して執筆できるような気がします。

 コピーライターから小説家に転身した林真理子さんも、手書きにこだわる作家の一人。「書き始めると手が勝手に動く」そうです。うらやましい。そして、書き疲れると「手は切り上げるタイミングを知っている」といいます。それが文章のリズムになる。パソコンは楽に書けるから、だらだらと書き続けてしまう。それでは読み手が飽きる、いい小説は書けない、というわけです。

 いま、このブログもパソコンで書いていますが、本当にだらだらと書いている気がします。そろそろまとめに入らないとね。

 パソコンでは、ローマ字入力して、文節ごとにひらがなを漢字変換して書いています。もう、慣れてしまったので、それほど抵抗はないのですが、漢字変換のたびに関係のない漢字が見え隠れするし、そのたびにイメージが散漫に。なかなかいいボディがまとまらないときは、下書きを手書きします。それでいいボディが書けるか、というとそんなに簡単ではないのですが。

 ただ、キャッチフレーズの場合は、漢字変換で思いも寄らない同音異義の言葉に気づいて、いいコピーが生まれたりすることもありました。そのときはラッキー!

 今はというと、キャッチフレーズは愛用のボールペンで手書き。一時期、万年筆を試したこともありますが、ブルーのインクが美し過ぎて、どのコピーも良く見えて・・・というのはもちろん嘘です。やはり原稿用紙がインクで汚れやすい、手が汚れるなどの理由で、ボールペンに落ち着きました。写真のボ-ルペンは、軸が太いので疲れません。もう30年愛用しています。

Writing:Ishii